2022年08月15日

戦死したおじからのはがき 藤田明美です

いろんな幸せみーつけた
   8/1にいただいた「ありさちゃん」の幸せです
         「一番幸せな事は健康だと思います」
               
ありさちゃん「幸せメッセージの続きです」
「健康は当たり前と思っていましたが8年前
違う部位2ヶ所にガンが出来、
助けてもらった時健康は幸せと思いました。
この夏、しんどくなり毎日2本の点滴を1週間通う事で
元気にしていただき、
改めて健康が「幸せ」と感謝をし、
外出せず自宅で色々楽しんでいます」

ありさちゃん!「いろんな幸せ」ありがとうございました。

皆さんからの「幸せ」も募集中です。
「幸せコーナー」とか「幸せ」とか書いて私がわかるように送ってくださいね。
10秒くらいの「しあわせ」だけでも大歓迎ですし、
冒頭に入りきらない幸せは「幸せメッセージの続きです」として
今日のありさちゃんのしあわせのように紹介させていただきます。
こちらも大歓迎!!
自由に皆さんに受け取って頂くために私の感想はひかえさせていただきますね。

今日の私の話「戦死したおじからのはがき」
今日は77回目の「終戦の日」・・・
毎年この頃に家のお仏壇の引き出しから
昭和19年に22才で戦死したおじのはがきを
出して読んでいます。

昭和16年5月から昭和18年6月までの11枚。
おじは主人の父の兄弟で男3兄弟の真ん中、
母の話によると、
徴用で広島県の呉の造船所で働いていて
休暇に帰られた時もあったようですが
そのまま、呉で徴兵検査を受けて
入営されたということでした。
母も姑さんに聞いた話ですが・・・

母はおじとは面識がありません。
母が嫁いだのは終戦後の
昭和21年5月で
その年の11月におじの遺骨が帰ってきたそうです。
箱の中には何も入ってなかったので
遺骨が帰ってきた日を「命日」としたとの事。

当時2銭のはがきに書かれていた
1枚目のはがきから(一部ですが・・・)
昭和16年5月15日
「今日は4時間残業。
寄宿舎帰って手紙が届いていると疲れた体も
いっぺんに治るくらいだ」
8月22日
「元気にて業務に励んでいます故ご休心ください。
盆踊りがあって面白く盆をすごしております」
9月30日
「今日は給料書きをもらった。
59円34銭。1ヶ月の飯代が11円。
家賃が1円50銭で月給は安いが飯代が又安いのでやっていける」
昭和17年3月21日
「便りに
『今日はだんごを作ったから送りました』と
書いてあるだけで胸がおどりそうである」
4月6日
「小生は八十の坂を二つ越している祖父に
面会を受け色々世話を受けた、
このお礼として
よい体をつくりりっぱな人間になるよう勤める」
4月16日
「皆さんの元気な写真の顔を見て安心しました」
4月29日
「今月は1年で11回の皆勤で7円あり
給料も80円になりました。
徴用が延期になるかも知れないから、
心配せぬよう前もって通知いたします。
貯金600円突破しました」
5月1日 
寄宿舎の舎監から家族へ事務的なお知らせ
10月21日 
「その後長い間ご無沙汰しました。
涼しくなって『天高く馬こゆる秋』
小生も益々元気です、お身体大切に」
11月21日
「無事呉に着きました。徴兵検査は呉でうけます」
最後のはがきは
昭和18年6月7日
「6日徴兵検査でした
第一乙種合格でした。残念でした。
(おじは男として
 第1甲種合格になりたかったんでしょうね)
しかし12月1日から入営するようになると
徴兵官のお話でした」とありました。

おじが書いた「はがき」さわって読むと傷んでくるので
写真でも残していますが
このはがきに触れる事で
「会った事のないおじ」と繋がれる気がします。

おじだけでなくたくさんの尊い命の上に
今の平和があると感謝します。

今日の1枚は
おじのはがき↓
IMG_2978.JPG
  下の白い紙は
  平成14年に母とはがきを解読?したものです
  (結局読めないところもありましたが・・・)

〜追記〜
   母に今まで聞いた話
・戦死したおじは家の手伝いをしていたが19才の時徴用された
・舅は徴用された息子がいない淋しさをまぎらすように 
 お布団で「同期の桜」(♪勝ってくるぞと勇ましく〜)をうたっていた
・令和元年に亡くなった弟(3兄弟の1番した)とは12才差
・はがきに「1年坊主の顔が見たい」という文があった
・お金の価値がわからないので母に聞くと
 昭和15年〜16年自分のお小遣いは1銭、
 弟の子守りをすると2銭もらった。
 お年玉は50銭もらった
・戦争の間、母はミシン工場で兵隊さんの服を縫っていた
 たくさん縫える人もいるが母はだいたい1日30枚
・戦争がまだ激しくなっていない頃
 ミシン工場の友達3人でモンペをはいて「若草山」に遊びに行った
・家の近くの田んぼに焼夷弾が落ちて怖かった
・B29が山の上を連なって飛んでいるのを見たことがある
・戦争は絶対にあかん
             などなど
   
posted by FM-HANAKO at 22:12| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | しあわせ歌BOX | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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